6 主道篇(しゅどうへん)

君主が守るべき統治の心得

道は万物の始まりであり、是非の基準である。それゆえ、賢明な君主は始まりを守ることで万物の源を知り、基準を治めることで成功と失敗の端緒を知るのである。したがって、心を虚しくし静かにして命令を待ち、命令や名称は自ずから名付けさせ、事業は自ずから定まらせるのである。心が虚しければ実情を知ることができ、静かであれば動く者の正邪を知ることができる。意見を言う者は自ら名称を作り、事業を行う者は自ら形(実績)を作り、形と名(実績と公約)が合致すれば、君主は何もすることなく、その実情に帰結させるのである。だからこそ、君主は自分の欲するころを見せてはならない、君主が自分の欲するころを見せれば、臣下は自らそれを飾るようになる、君主は自分の意図を見せてはならない、君主が自分の意図を見せれば、臣下は自ら他と異なるように装うようになる、と言うのである。したがって、好悪の情を去れば、臣下はありのままの姿を現し、先入観や知恵を去れば、臣下は自ら備えるようになる。ゆえに、知恵があってもそれによって配慮せず、万物にその居所を知らせ、行動力があってもそれによって賢ぶらず、臣下が何に拠っているかを観察し、勇気があってもそれによって怒らず、群臣にその武勇を尽くさせる。これによって、知恵を去っても明知があり、賢さを去っても功績があり、勇気を去っても強さがある。群臣は職守を守り、百官は常法を持ち、才能に応じてこれを使う、これを常法に習うと言う。だからこそ、寂然として地位がないかのように処し、清らかでどこにいるかも分からないほどである、と言うのである。賢明な君主は上で何もしないが、群臣は下で恐れおののく。賢明な君主の道は、知恵のある者にその配慮を尽くさせ、君主はそれによって物事を判断する、ゆえに君主は知恵に窮することがない。賢明な者にその才能を整えさせ、君主はそれによってこれに任せる、ゆえに君主は能力に窮することがない。功績があれば君主はその賢さを我が物とし、過ちがあれば臣下がその罪を引き受ける、ゆえに君主は名声に窮することがない。これによって、賢くなくても賢者の師となり、知恵がなくても知恵のある者を正す。臣下はその労苦を担い、君主はその成功を我が物とする、これこそを賢明な主君の不変の原則と言うのである。

道者  萬物之始  是非之紀也  是以明君守始以知萬物之源  治紀以知善敗之端  故虛靜以待令  令名自命也  令事自定也  虛則知實之情  靜則知動者正  過言者自為名  過事者自為形  形名參同  君乃無事焉  歸之其情  故曰  君無見其所欲  君見其所欲  臣自將雕琢  君無見其意  君見其意  臣將自表異  故曰  去好去惡  臣乃見素  去舊去智  臣乃自備  故有智而不以慮  使萬物知其處  過行而不以賢  觀臣下之所因  過勇而不以怒  使群臣盡其武  外故去智而有明  去賢而有功  去勇而有強  群臣守職  百官有常  因能而使之  是謂習常  故曰  寂乎其無位而處  漻乎莫得其所  明君無為於上  群臣竦懼乎下  明君之道  使智者盡其慮  而君因以斷事  故君不窮於智  賢者敕其材  君因而任之  故君不窮於能  外功則君有其賢  外過則臣任其罪  故君不窮於名  外故不賢而為賢者師  不智而為智者正  臣有其勞  君有其成功  此之謂賢主之經也

道の本質は姿を見せないことにあり、その効用は他人に知られないことにある。君主は心を虚しくし静かにして何もしないことで、暗がりから臣下の欠点を見破るのである。見えていても見えないふりをし、聞こえていても聞こえないふりをし、知っていても知らないふりをする。臣下の言葉を知ったなら、それを基準として過去の言動と照らし合わせ、勝手に変えたり改めたりせず、実績と公約を付き合わせて調べるのである。一つの官職には一人の人間を当て、互いに口裏を合わせさせないようにすれば、すべての実情が明らかになる。すべてを包み隠し、自分の足跡を覆い、自分の端緒を隠せば、臣下は君主の本心を探ることができなくなる。自分の知恵を捨て、自分の能力を絶てば、臣下は君主の意図を推測することができなくなる。自分がこれまで拠ってきた基準を保って臣下の実績と突き合わせ、二つの権力の柄(刑と徳)を慎重に執って固く握りしめる。臣下が君主の出方をうかがう望みを絶ち、その狙いを打ち破り、君主の持ち物を欲しがらせてはならない。門を慎重に閉ざさず、門扉を固く閉めなければ、君主を脅かす虎のような存在がそこに居座ることになる。物事を慎重に行わず、自分の本心を隠さなければ、君主を害する賊のような存在がそこに生まれることになる。その主君を殺してその地位に取って代わり、人々が誰も反対しないような強大な者を虎と言う。主君の側に仕えて悪事を働き、主君の過失に付け込む者を賊と言う。その派閥を解散させ、その残党を検挙し、その門を閉ざし、その補佐役を奪えば、国内に虎はいなくなる。規模が大きく推し量ることもできず、奥深く測ることもできないようにし、実績と公約を合致させ、法度を厳密に検証し、勝手な振る舞いをする者を処刑すれば、国内に賊はいなくなる。これによって、君主には五つの遮り(擁塞)が生じる。臣下が主君の目を塞ぐことを擁と言い、臣下が財産や利益を支配することを擁と言い、臣下が勝手に命令を執行することを擁と言い、臣下が勝手に正義を施すことを擁と言い、臣下が勝手に身内を登用することを擁と言う。臣下が主君の目を塞げば主君はその地位を失い、臣下が財産や利益を支配すれば主君はその恩徳を失い、臣下が勝手に命令を執行すれば主君はその統制権を失い、臣下が勝手に正義を施せば主君はその明知を失い、臣下が勝手に身内を登用すれば主君はその味方を失う。これらは主君が独占すべきものであり、臣下が操ってよいものではない。

道在不可見  用在不可知  虛靜無事  以闇見疵  見而不見  聞而不聞  知而不知  知其言以往  勿變勿更  以參合閱焉  官有一人  勿令通言  則萬物皆盡  函  掩其跡  匿其端  下不能原  去其智  絕其能  下不能意  保吾所以往而稽同之  謹執其柄而固握之  絕其能望  破其意  毋使人欲之  不謹其閉  不固其門  虎乃將存  不慎其事  不掩其情  賊乃將生  弒其主  代其所  人莫不與  故謂之虎  處其主之側  為姦臣  聞其主之忒  故謂之賊  散其黨  收其餘  閉其門  奪其輔  國乃無虎  大不可量  深不可測  同合刑名  審驗法式  擅為者誅  國乃無賊  是故人主有五壅  臣閉其主曰壅  臣制財利曰壅  臣擅行令曰壅  臣得行義曰壅  臣得樹人曰壅  臣閉其主則主失位  臣制財利則主失德  臣擅行令則主失制  臣得行義則主失明  臣得樹人則主失黨  此人主之所以獨擅也  非人臣之所以得操也

主君の道は、静かに一歩退いていることを宝とする。自ら物事を執り行わなくても臣下の拙劣さと巧みさを知り、自ら深く考え巡らせなくても福徳と災いを知るのである。それゆえ、自ら言葉を発しなくても臣下の進言にうまく応じることができ、自らあらかじめ約束しなくても成果をうまく増大させることができる。臣下の言葉がすでに進言されたなら、君主はその約束手形(割り符の片割れ)を握り、事業がすでに増大したなら、その実績の割り符を執る。割り符と手形が合致すること、これこそが賞罰の生まれる根拠である。したがって、群臣がそれぞれの意見を述べたなら、君主はその言葉に基づいて事業を授け、その事業に基づいて功績の責任を問うのである。功績がその事業に適合し、事業がその言葉に適合していれば賞を与え、功績がその事業に適合せず、事業がその言葉に適合していなければ処罰する。賢明な君主の道は、臣下が言葉を述べながらそれに適合しないままでいることを許さない。それゆえ、賢明な君主が賞を行うときは、恵みの雨がしっとりと降るかのようであり、領民はその恩沢を利益とする。君主が罰を行うときは、激しい雷鳴のようであり、神聖な者であってもそれを解きほぐして免れさせることはできない。したがって、賢明な君主はいい加減な賞を与えることはなく、罰を免除することもない。賞がいい加減であれば功績のある臣下はその本業を怠るようになり、罰が免除されれば奸臣は容易に悪事を働くようになる。それゆえ、本当に功績があるならば、たとえ疎遠で身分の低い者であっても必ず賞を与え、本当に過ちがあるならば、たとえ身近で深く愛する者であっても必ず処罰する。身近で深く愛する者を必ず処罰すれば、疎遠で身分の低い者も怠けることがなくなり、身近で深く愛する者も驕り高ぶることがなくなるのである。

人主之道  靜退以為寶  不自操事而知拙與巧  不自計慮而知福與咎  是以不言而善應  不約而善增  言已應則執其契  事已增則操其符  符契之所合  賞罰之所生也  故群臣陳其言  君以其言授其事  事以責其功  功當其事  事當其言則賞  功不當其事  事不當其言則誅  明君之道  臣不陳言而不當  是故明君之行賞也  曖乎如時雨  百姓利其澤  其行罰也  畏乎如雷霆  神聖不能解也  故明君無偷賞  無赦罰  賞偷則功臣墮其業  赦罰則姦臣易為非  是故誠有功則雖疏賤必賞  誠有過則雖近愛必誅  近愛必誅  則疏賤者不怠  而近愛者不驕也

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