虎穴に入らずんば虎子を得ず
意味:危険を冒さなければ大きな成功は得られない
漢の班超が鄯善国(現在の中国西部地域)に到着すると、鄯善王の広は非常に丁寧な礼を尽くして迎えた。しかし、しばらくすると態度が急に冷淡になった。班超は配下に問いかけた。「鄯善王の礼が薄くなったと感じるか。これはきっと匈奴の使者も来ていて、漢と匈奴のどちらにつくか迷っているに違いない。聡明な者は、まだ表面化していないことでも察するものだ。ましてやこれほど明白な変化ならなおさらだ。」そこで班超は鄯善国のそば仕えの者を呼び、巧みに偽って尋ねた。「匈奴の使者が数日前に来たが、今どこにいるのか。」そば仕えの者は驚き、恐れながらすべてを白状した。
班超はそば仕えの者を拘束し、すぐに部下三十六人を集め、酒宴を開いた。酒が進むと班超は皆を奮い立たせるように言った。「君たちは私とともに異郷にいる。ここで大きな功績を立て、富と名誉を得ようではないか。しかし、匈奴の使者が来てからというもの、鄯善王の態度が急変した。もし鄯善国が我々を匈奴に引き渡せば、我々の骨は野の狼に喰われてしまうだろう。どうすればよいか。」部下たちは口々に言った。「我々は今、危機の中にある。生死を班超様に任せよう。」班超は言った。「虎の穴に入らねば、虎の子を得ることはできない。今、唯一の策は夜陰に乗じて火を放ち、敵に我々の兵力がどれほどあるかわからぬようにし、大混乱に陥れることだ。匈奴の使者を滅ぼせば、鄯善国も恐れおののき、我々の任務は完遂される。」部下たちは言った。「先に文官と相談しましょう。」班超は怒って言った。「今日この場で運命は決まる。文官は臆病で、この策を聞けば恐れて計画が漏れるだろう。もしそうなれば、死んでも名も残らぬ。そんな者は勇士ではない。」皆は「よし」と賛同し、夜半に兵を率いて匈奴の陣営へ突入した。
その夜、大風が吹いていた。班超は十人の兵に太鼓を持たせ、敵の陣の裏へ潜ませ、命じた。「火がついたら太鼓を打ち鳴らし、大声を上げよ。」残りの兵たちは弓矢や剣を持ち、門の両側に伏せた。そして班超は風上に火を放つと、陣の前後から太鼓の音が響き渡った。敵は大混乱に陥り、班超は自ら三人を斬り倒した。配下の兵士たちも匈奴の使者とその供の者三十余名を討ち取り、残りの百人あまりは火に包まれて焼死した。
『後漢書 班超伝』

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