鶏肋(けいろく)

故事成語

鶏(けい)肋(ろく) 
意味:大して役に立たないが捨てるには惜しい

 曹(そう)操(そう)の配下の夏(か)侯(こう)淵(えん)は、陽(よう)平(へい)関(かん)で劉(りゅう)備(び)と戦い、劉(りゅう)備(び)によって討ち取られた。建安(けんあん)二十四年(西暦219年)三月、曹(そう)操(そう)は長(ちょう)安(あん)から斜(や)谷(こく)へ出て、軍を要地に配置して漢(かん)中(ちゅう)を圧し、そのまま陽(よう)平(へい)関(かん)に至った。劉備は地の利を頼みにして守りを固めた。
 『九(きゅう)州(しゅう)春(しゅん)秋(じゅう)』によれば、曹(そう)操(そう)は撤退しようと考え、「鶏(けい)肋(ろく)」とだけ命令した。役人たちは意味が分からなかったが、主(しゅ)簿(ぼ)の楊(よう)脩(しゅう)はすぐに移動の準備をした。人々が驚いて尋ねた。「なぜ分かるのか。」楊(よう)脩(しゅう)が言った。「鶏(にわとり)の肋(あばら)骨(ぼね)は棄(す)てるには惜(お)しいが、食べようにも食べる所がない。今我々が攻めている漢(かん)中(ちゅう)の地も、それに似ている。だから曹(そう)操(そう)様が帰還しようとしているのが分かったのだ。」

五月、曹操は軍を率いて長(ちょう)安(あん)へ引き返した。


『三国志 魏志 武帝紀(注釈)』

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