兵は神速を貴ぶ
意味:戦いは迅速さが大切
曹操が北の袁尚と烏丸(北方の遊牧民族)を討伐しようとしたとき、配下の者たちは「南の劉表が、劉備を使って本拠地である許を襲い、曹操様を討つのではないか」と恐れた。曹操の臣下である郭嘉は言った。「曹操様は天下に威を震わせていますが、胡人(異民族)は遠方にあることを頼みにして備えをしていません。備えがなければ、急襲して滅ぼすことができます。また袁紹(袁尚の父)は民や異民族に恩を施しており、子の袁尚兄弟はまだ生きています。今、四つの州(冀州・青州・并州・幽州)の民は威に従っているだけで、徳が行き渡っているわけではありません。これを捨ておいて南に遠征すれば、袁尚は烏丸の資源を使って、父袁紹の旧臣を招き、胡人が動けば民や異民族も呼応し、烏丸の最高指導者である蹋頓の野心が実現してしまうでしょう。青州・冀州は曹操様のものではなくなるかもしれません。南の劉表はただの議論好きの人物で、自分の才では劉備を制御できないことを知っています。重く任せれば劉備を制御できず、軽く任せれば劉備は動きません。だから国を空けて北に遠征しても、曹操様には憂いはありません。」そこで曹操は出征を決意した。
易に至ると、郭嘉は言った。「兵は神速を貴びます。今、千里の遠征で荷物が多すぎて迅速に動けません。敵も情報を聞けば備えをするでしょう。荷物は後方に残し、軽装の兵で複数の道から進軍し、不意を突くべきです。」曹操は密かに盧龍塞を出て、蹋頓の本拠地を直撃した。烏丸の兵は曹操の来襲を聞いて恐れ、戦ったが大敗した。蹋頓と名のある王たちは討ち取られ、袁尚と兄の袁熙は遼東へ逃げた。
『三国志 魏氏 郭嘉伝』




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