門を開きて盗に揖す
意味:自分から災いを招く愚かな行為
建安五年(西暦200年)、孫策が亡くなり、その事業は弟の孫権に託された。孫権は兄の死を悲しみ、泣き続けていた。そこで孫策の参謀役の張昭が孫権に言った。「孫権様、今は泣いている時ではありません。その昔、周公が自分の死後に喪に服すよう礼法を定めたにも関わらず、子の伯禽がそれを守らず反乱と戦ったのは、父に背こうとしたのではありません。戦乱という時勢がそれを許さなかったのです。まして今は奸臣や逆賊が競い立ち、残忍な猛獣のような敵が道に満ちています。親族の死を悲しみ礼にこだわっている場合ではありません。それはまるで、門を開けて盗賊を揖めるようなもので、仁とは言えません。」こうして張昭は孫権の喪服を改めさせ、馬に乗せて軍を巡察させた。
『三国志 呉書 呉主伝』




コメント