言うは易く行うは難し(いうはやすくおこなうはかたし)

故事成語

言(い)うは易(やす)く行(おこな)うは難(かた)し
意味:言うのは簡単だが実行するのは難しい

 桑(そう)弘(こう)羊(よう)が言った。「外見だけ勇ましくても中身が弱いのは、真を乱す者である。見た目が立派でも内側が粗末なのは、実を乱す者である。学問を飾り立て、立派な衣服を着て昔の周(しゅう)公(こう)の服を盗んだように見せかけ、恭(うやうや)しく振る舞って孔(こう)子(し)の姿を盗んだように見せかけ、議論では昔の商(しょう)鞅(おう)や子(し)貢(こう)の言葉を借りて賢者ぶり、政治を論じては昔の管(かん)仲(ちゅう)や晏(あん)子(し)の才能を盗んだように見せる。心の器量は高級官僚に及ばず、志も万乗の君主(皇帝)に遠く及ばない。こういう者に政務を任せれば、必ず混乱して治まらない。だから、言葉だけで人を登用するのは、馬の毛並みだけで馬の良し悪しを判断するようなものだ。これが、登用した人物が期待に合わないことが多い理由である。

 皇帝陛下の詔(しょう)書(しょ)にはこう書かれている。『朕(ちん)は天下の士をよく思い、四方の豪傑・学識ある者を広く招き、官位を与える』と。しかし、よくしゃべる者が必ずしも徳のある者とは限らない。なぜか。言うことは易(やさ)しいが、行うことは難しいからだ。車を捨ててでも車を引く牛を見分けるように、言葉を飾らず、黙って多くの事を成し遂げる者こそ、尊いのだ。かつて、弁舌が得意な呉(ご)鐸(たく)はその舌で自ら破滅し、同じく弁舌が得意な主(しゅ)父(ほ)偃(えん)もその舌で自ら死を招いた。鳥が夜に鳴いたからといって、夜が明けるわけではない。主(しゅ)父(ほ)偃(えん)が弁舌をふるったからといって、死を避けられるわけではない。

 これは役人たちが私利私欲を求めているからではない。儒者の学問が古い教えに足かせをはめられ、噂や言説に流されるからだ。」

『塩鉄論 利議篇』

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