窮鼠猫を噛む
意味:弱い者も追い詰められると強い者に反撃する
文献にこうある。「古代の聖人たちは、まず仁義を明らかに示し、民が道を踏み外さないようにした。教え導きもせずに、いきなり罪を責めて殺すようなことは、民を虐げる暴政である。刑によって縛るより、義によって導く方がよい。礼義が行われてこそ刑罰は適切になるのであって、刑罰ばかり行われて孝(親への敬い)や悌(年長者への敬い)が興ったという話は聞いたことがない。高い壁に狭い土台では、立っていられない。厳しい刑罰と峻烈な法律は、長く続けることはできない。
秦の二世皇帝は、臣下の趙高の計略を信じ、重い責任を押しつけ、誅殺を専断し、道の途中で刑に処される者が絶えず、死者は日ごとに積み重なった。民を多く殺す者が忠臣とされ、民を苦しめ尽くす者が有能とされた。百姓はその要求に耐えられず、民衆は刑罰に耐えられず、天下の人々は皆苦しみ、誰も生きる心地がしなかった。
だから、過度な責任を負わせれば、父でも子を従わせることができず、際限ない要求をすれば、君主でも臣下を従わせることができない。人は死ねば二度と生き返らない。追い詰められた鼠が猫に噛みつくように、一介の庶民でも皇帝に立ち向かい、従者でさえ弓を折って反逆する。陳勝と呉広の乱がまさにその例である。このような時には、天下の人々が一斉に蜂起し、四方から秦を攻め、わずかの間に国が滅びた。どうしてこのようなやり方で、長く民を支配し、国を保つことができようか。」
『塩鉄論 詔聖』




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