破竹の勢い
意味:止めようがないほど激しい勢い
(太康元年(西暦280年)、晋は呉と戦って荊州を奪った。)
晋の諸軍の会議が開かれ、ある者がこう言った。「呉は百年来の強敵であり、一挙に討ち尽くすことはできません。今は夏に向かう時期で、水が引いたばかりで疫病も起こりやすいでしょう。冬が来るのを待って、改めて大規模な作戦を行うべきです。」すると総司令官の杜預が言った。「昔、名将として名高い楽毅は済西の一戦を利用して強大な斉を併合した。今や我が軍の威勢はすでに振るっている。竹を破るようなもので、数節を割れば、あとは刃を当てるだけで自然に割れていき、手をかける必要もない。」こうして杜預は諸将に指示を与え、そのまま呉の都へ直行した。通過した城邑はどこも抵抗せず降伏した。先に慎重論を唱えていた者たちは、後になって書状を送って謝罪した。
※「数節」は、十五日を「一節」と数えることと、竹の「節」をかけている。
『晋書 杜預伝』




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