国士無双
意味:二人といない優れた人物
※「韓信の股くぐり」の続き
項梁が淮水を渡る時、韓信は剣を持ってこれに従って指揮下に加わったが、名を知られることがなかった。項梁が敗死すると項羽に従い、護衛係となった。しばしば策を項羽に提案するが用いられなかった。劉邦が蜀に入る時、韓信は項羽のもとから逃げて劉邦のもとへ行ったが、名を知られず、兵糧係となった。
ある時、法にふれて斬罪となった。仲間の十三人が皆斬られ、次に韓信が斬られる番となった。韓信は仰ぎ見て、ちょうど滕公を見て言った。「劉邦様は天下を取ろうと思わないのか。どうして勇壮な士を斬ろうとするのか。」滕公はその言葉を面白く思い、その容貌も勇壮だったので、釈放して斬らなかった。滕公は韓信とともに語り合って大いに気に入り、劉邦に韓信のことを伝えた。劉邦は韓信を兵糧管理の長に任命したが、まだ韓信を優れているとは認めなかった。
韓信はしばしば丞相である蕭何とも語り合った。蕭何も韓信を優れていると思った。南鄭に着くまでの道中で、逃亡する将軍が数十人もいた。韓信は考えた。「蕭何たちがすでに何度も劉邦様に言ってくれているのに、劉邦様は私を用いようとしない。」そしてすぐさま逃亡した。蕭何は韓信が逃亡したと聞き、劉邦にも言う暇もなく、自ら追いかけた。ある者が劉邦に言った。「丞相の蕭何が逃亡しました。」劉邦は大いに怒ったが、まるで左右の手を失ったように、どうすることもできない。二日ほどして、蕭何が戻ってきて劉邦と謁見した。
劉邦は怒りつつも喜び、蕭何を罵って言った。「お前が逃亡するとは何事か。」蕭何が言った。「私は逃亡しておりません。私は逃亡する者を追いかけたのです。」劉邦が言った。「お前が追いかけた者は誰か。」蕭何が言った。「韓信です。」劉邦はまた罵って言った。「逃亡する将軍は何十人もいたが、君は追いかけなかった。それなのに韓信を追いかけたというのは、詐であろう。」蕭何が言った。「将軍を得るのは簡単です。しかし、韓信は国士(優れた人物)の中でも双つと無い人物です。劉邦様が長く漢中の王でいたいと思うだけならば、韓信を大事にする必要はありません。しかし、天下をめぐって争いたいと思うのならば、韓信以外にともに大事をはかる人物はいないでしょう。」
『史記 淮陰候列伝』

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