大才は大善を成す(たいさいはたいぜんをなす)

故事成語

大(たい)才(さい)は大(たい)善(ぜん)を成(な)す
意味:大きな才能を持つ人は、必ず大きな善行をしている

※「画(が)餅(へい)」の続き
 魏(ぎ)の皇帝の曹(そう)叡(えい)は盧(ろ)毓(いく)の意見を受け入れ、すぐに人事評価法を制定するよう詔(みことのり)を出した。ちょうど司(し)徒(と)(民政の最高職)が欠員となり、盧(ろ)毓(いく)は官職に就いていなかった管(かん)寧(ねい)を推挙したが、曹(そう)叡(えい)は用いることができなかった。次の人物を問われると、盧(ろ)毓(いく)は答えた。
 「敦(とん)篤(とく)至(し)行(こう)(誠実で情深い行い)で言えば太(たい)中(ちゅう)大(たい)夫(ふの韓(かん)曁(き)です。
  亮(りょう)直(ちょく)清(せい)方(ほう))(まっすぐで清廉)で言えば司(し)隷(れい)校(こう)尉(い)の崔(さい)林(りん)です。
  貞(てい)固(こ)純(じゅん)粹(すい)(節操が堅く純粋)で言えば太(たい)常(じょう)の常(じょう)林(りん)です。」
 そこで曹(そう)叡(えい)は韓(かん)曁(き)を用いた。

 盧(ろ)毓(いく)は人を推(すい)挙(きょ)するとき、まずその人の性行(人格・品行)を挙げ、次に才能を語った。皇帝の近(きん)侍(じ)文官の李(り)豊(ほう)が、そのことについて盧(ろ)毓(いく)に問うと、盧(ろ)毓(いく)は言った。「才能とは善を行うためのものです。大きな才能は大きな善を成し、小さな才能は小さな善を成します。才能があると言いながら善を行えない者は、才能が器にかなっていないのです。」李(り)豊(ほう)らはその言葉に納得した。

『三国志 魏書 盧(ろ)毓(いく)伝』

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