髀肉の嘆(ひにくのたん)

故事成語

髀(ひ)肉(にく)の嘆(たん) 
意味:力を発揮できず時が過ぎることを嘆く

 曹(そう)操(そう)が袁(えん)紹(しょう)を破った後、南へ進軍して劉(りゅう)備(び)を攻撃した。劉(りゅう)備(び)は麋(び)竺(じく)と孫(そん)乾(けん)を劉(りゅう)表(ひょう)のもとへ遣わし、協力を求めた。劉(りゅう)表(ひょう)は郊外まで迎えに出て劉(りゅう)備(び)を賓(ひん)客(きゃく)として厚(こう)遇(ぐう)し、兵を増強させて新(しん)野(や)に駐屯させた。荊(けい)州(しゅう)の豪(ごう)傑(けつ)たちは次々と劉(りゅう)備(び)のもとに集まったが、それを不安に思った劉(りゅう)表(ひょう)は密かに警戒した。

 『九(きゅう)州(しゅう)春(しゅん)秋(じゅう)』によると、劉(りゅう)備(び)は荊(けい)州(しゅう)に数年滞在したが、ある日、劉(りゅう)表(ひょう)のもとで席を立ち、ふと自分の髀(もも)に肉がついていることに気づき、涙を流した。戻って座ると、劉(りゅう)表(ひょう)がその理由を尋ねた。劉(りゅう)備(び)が「以前は常に馬上にあり、髀(もも)の肉はやせ細っていました。しかし今は馬に乗ることも少なくなり、肉がついてしまいました。年月は飛ぶように過ぎ、老いが迫っているというのに、大業を成し遂げられていません。それが悲しいのです。」と答えた。

『三国志 蜀志 先主伝(注釈)』

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