水魚の交わり(すいぎょのまじわり)

故事成語

水(すい)魚(ぎょ)の交(まじ)わり
意味:切っても切れない親しい関係

※「伏(ふく)龍(りょう)鳳(ほう)雛(すう)))」の続き

 周りの人を下がらせ、劉(りゅう)備(び)は諸(しょ)葛(かつ)亮(りょう)に語った。「漢(かん)王(おう)朝(ちょう)は衰退し、奸(かん)臣(しん)が国を奪い、天(てん)子(し)(皇帝)は都を追われている。私は自らの力を省みず、大義を天下に示そうとしてここまで来たが、知略は浅く、思うように行かない。だが、志はまだ消えていない。君はどう考えるか?」

 諸(しょ)葛(かつ)亮(りょう)は答えた。「悪名高い董(とう)卓(たく)以降、各地で豪(ごう)傑(けつ)が台頭し、広大な領域を支配する者が数多く現れました。曹操(そうそう)は袁(えん)紹(しょう)に比べて名声も軍勢も少なかったものの、巧みに勝利を収めました。これは単に天命ではなく、人の策謀によるものです。現在、曹(そう)操(そう)は百万の軍を擁(よう)し、天(てん)子(し)を擁(よう)して諸侯に号令しており、正面から争うのは困難です。
 一方で、孫(そん)権(けん)は江(こう)東(とう)(長江の東側一帯)を支配して三代を経ています。地形は要害であり、人々は彼を支持し、有能な人材が仕えています。彼とは友好関係を結ぶべきであり、討つべきではありません。
 ここ荊(けい)州(しゅう)は、北に漢(かん)水(すい)・沔(べん)水(すい)を控え、南は南海まで続き、東は呉(ご)と結び、西は巴(は)蜀(しょく)へ通じています。これは軍事的に重要な地域ですが、現在の支配者は守ることができていません。これはまさに天が劉(りゅう)備(び)将軍に与えた機会ではないでしょうか?
 また、西にある益(えき)州(しゅう)は山に囲まれ、千里に及ぶ肥(ひ)沃(よく)な土地を持つ、まさに天(てん)府(ぷ)の地です。かつて高(こう)祖(そ)(初代皇帝の劉(りゅう)邦(ほう))が漢(かん)を築いたのも、この地を基盤としたからです。現在、益(えき)州(しゅう)の主である劉(りゅう)璋(しょう)は暗(あん)愚(ぐ)であり、北の張(ちょう)魯(ろ)の存在もあります。民は豊かですが、適切な統治がなされていません。有能な者たちは賢明な君主を求めています。
 劉(りゅう)備(び)将軍は漢(かん)王(おう)朝(ちょう)の血統を持ち、信義を天下に知られています。英傑をまとめ、賢者を渇望している今こそ、荊(けい)州(しゅう)と益(えき)州(しゅう)を支配し、その要害を守りつつ、西は異民族と和解し、南は夷(い)越(えつ)を安定させるべきです。そして、外には孫(そん)権(けん)と友好を結び、内では統治を整えます。そして天下が乱れたとき、荊(けい)州(しゅう)の軍を率いる将を宛(えん)や洛(らく)陽(よう)へ向かわせ、将軍自身は益(えき)州(しゅう)の軍を率いて秦(しん)川(せん)へ進軍すれば、民は食糧や水を捧げて迎え入れるでしょう。そうなれば、覇業は成り、漢(かん)王(おう)朝(ちょう)を興すことも可能です。」

 劉(りゅう)備(び)はこれを聞いて「素晴らしい」と述べ、諸(しょ)葛(かつ)亮(りょう)と親交を深めた。しかし、義兄弟の関(かん)羽(う)や張(ちょう)飛(ひ)はそれを快く思わなかった。劉(りゅう)備(び)は彼らを諭(さと)し、「私にとっての孔(こう)明(めい)(諸(しょ)葛(かつ)亮(りょう))は、魚にとっての水のような存在だ。何も言わないでほしい」と言った。関(かん)羽(う)や張(ちょう)飛(ひ)はそれ以上異議を唱えなかった。

『三国志 蜀志 諸(しょ)葛(かつ)亮(りょう)伝』

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