男子三日会わざれば刮目して見よ(だんしみっかあわざればかつもくしてみよ)

故事成語

男(だん)子(し)三(みっ)日(か)会(あ)わざれば刮(かつ)目(もく)して見(み)よ
意味:短い期間で人は変わるので、再会した時はよく見極めるべき

※「呉(ご)下(か)の阿(あ)蒙(もう)に非(あら)ず」の続き

 呂(りょ)蒙(もう)は魯(ろ)粛(しゅく)に言った。「士たるもの、三日も会わなければ目をこすって見直すほど変わるものです。あなた様の先ほどの議論のしかたでは、どの点を取っても、(名宰相として有名な)秦の穰(じょう)侯(こう)に匹敵するとは言えません。あなた様は今、周(しゅう)瑜(ゆ)殿の後任を務めておられるが、それだけでも継ぐのは難しいです。それに加えて、隣には劉(りゅう)備(び)の配下の関(かん)羽(う)がいます。関(かん)羽(う)は背が高く、学問好きで、『左(さ)伝(でん)』を読めば大抵のところはすらすら口にできます。気概があって雄々しいですが、性質はかなり自負心が強く、人を見下しがちです。今あなた様が関(かん)羽(う)と対峙するなら、相手の強み弱みを見極め、単独で当たるか、複数で当たるか、状況に応じて備えねばなりません。」そして、呂(りょ)蒙(もう)は密かに魯(ろ)粛(しゅく)へ三つの策を述べ、魯(ろ)粛(しゅく)はこれを敬って受け取り、誰にも漏らさず秘密にした。

 魯(ろ)粛(しゅく)の主である孫(そん)権(けん)はしばしば感嘆して言った。「人が成長し、さらに自らを高めていく姿、まさに呂(りょ)蒙(もう)や蔣(しょう)欽(きん)のような人物にはとうてい及ばぬ。富貴や栄誉を得ても、なお自らを律して学問に励み、書に親しみ、財を軽んじ義を重んじる。彼らの行動は模範とすべきものであり、まさしく国の柱となる士と言える。これほど素晴らしいことが他にあるだろうか。」

「三国志 呉書 呂蒙伝(注釈)」

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