櫝を買いて珠を還す
意味:つまらないものに目がいき、大事なものを見失う
楚の王が田鳩に言った。「墨子は有名な学者だ。その行動は良いのに、言葉が多いばかりで、話が上手くないのはなぜか。」
田鳩が言った。「昔、秦の君主が、娘を晋の公子に嫁がせるときに、嫁の衣装を晋で用意してもらうことにして、着飾った付き人の妾を七十人つれて、晋に行かせました。すると、晋の公子は、着飾った付き人の妾を愛して、公女を賤しみました。これでは、うまく妾を嫁入りさせたといは言えますが、うまく娘を嫁入りさせたとは言えません。
楚の国の人で、真珠を鄭の国で売ろうとしている者がいました。上質な木材である木蘭で入れ物を作り、香木の桂や椒で香りをつけ、珠玉をつなぎあわせ、赤い宝石を飾り、翡翠の美しい羽根を集めた。すると、鄭の人はその櫝を買って真珠を還しました。これはうまく櫝を売ったとは言えますが、真珠を売ったとは言えません。
今の世の言論は、みな飾った言葉をならべ、君主はその文の美しさを見て、それが有用かどうかを忘れています。墨子の言葉は先王の道を伝え、聖人の言を論じることで、人々に広く知らせるものです。もしその言葉が上手になれば、おそらく人々はその文の美しさを思い、本質を忘れるでしょう。文の美しさによって有用さが害されるのです。これは、楚の人が真珠を売り、秦の君主が嫁入りさせるのと同じです。ゆえに墨子は、言葉は多いのですが、話が上手ではないのです。」
『韓非子 外儲説 左上』

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