徒轅南門
意味:約束を守って信頼を得る
呉起が魏の武侯により西河の守備を任されたころ、秦の領土近くに小さな砦があり、呉起はこれを攻めようと考えた。攻撃しなければ農地に大きな損害をもたらすが、攻撃するには兵を集めるのが困難という難しい状況だった。
そこで呉起はまず、町の北門に轅(車の軸の棒)を立てかけ、「この轅を南門に動かした者には、良い田と良い家を与える」と命じた。人々はその意図が不明で、誰も動かさなかった。しばらくして一人がそれを動かすと、呉起は約束どおり報酬を与えた。
さらに今度は東門に赤い豆が入った石を置き、「この石を西門に移した者には、前と同じ報酬を与える」と命じた。人々は競ってそれを移動させた。
次の日、呉起は「明日あの小さな砦を攻める。最初に砦に登った者は、国の重臣に取り立て、良い田と良い家を与える」と命じた。すると人々は競って攻撃に参加し、砦は一朝にして攻略された。
『韓非子 内儲説上』

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