百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)

故事成語

百(ひゃく)聞(ぶん)は一(いっ)見(けん)に如(し)かず
意味: 何度も人から聞くより一度自分の目で見た方がわかる

 漢の二つの主要機関は、再び義(ぎ)渠(きょ)安(あん)国(こく)を異民族の羌(きょう)族のもとへ派遣し、諸部族を視察させ、善悪を見分けさせた。安(あん)国(こく)は現地に到着すると、先(せん)零(れい)族の豪族30余人を集め、その中でも特に凶悪で狡(こう)猾(かつ)な者たちを斬首した。さらに兵を率いてその部族を攻撃し、千人以上の首級を挙げた。これにより、すでに降伏していた羌(きょう)族や、漢に帰順していた羌(きょう)族の有力者の楊(よう)玉(ぎょく)らが恐れと怒りを抱くようになり、信頼できる土地を失った。彼らは小部族を略奪し、反旗を翻(ひるがえ)して国境を侵犯し、城や村を攻撃して長官を殺害した。安(あん)国(こく)は騎兵部隊の指揮官として騎兵3000を率いて羌(きょう)族への備えにあたったが、浩(こう)亹(べん)で敵の襲撃を受け、車両や兵器を多数失った。安(あん)国(こく)は軍を引いて令(れい)居(きょ)に戻り、事の次第を報告した。これが神(しん)爵(しゃく)元年の春のことである。

 このとき趙(ちょう)充(じゅう)国(こく)はすでに七十歳を過ぎていた。皇帝はその高齢を気にして、御(ぎょ)史(し)大(だい)夫(ふ)の丙(へい)吉(きつ)に「誰を将軍として任命すべきか」と問わせた。趙(ちょう)充(じゅう)国(こく)はこれに対して、「この老臣(わたし)よりも適任の者はおりません」と答えた。皇帝はさらに使者を遣わして問うた。「将軍よ、羌(きょう)族の動向をどう見るか?どれほどの兵力が必要か?」趙(ちょう)充(じゅう)国(こく)は答えた。「百回聞くことも一回見ることにはかないません。戦いとは予測が難しいものです。どうか金(きん)城(じょう)へ急行させていただき、現地で戦略を立てさせてください。羌(きょう)や戎(じゅう)は小さな異民族であり、天に逆らい背いている者たちです。滅亡は遠くないでしょう。どうか陛下、この老臣にお任せください。ご心配には及びません。」皇帝は笑って言った。「よろしい。」

 『漢書(かんじょ) 趙(ちょう)充(じゅう)国(こく)辛(しん)慶(けい)忌(き)伝』

コメント

タイトルとURLをコピーしました